白に縞模様を見ると恐怖し、殺人を犯したのではないかという罪の意識にさいなまれるエドワーズ(グレゴリー・ペック)。しかも、殺人が発覚しないように、自分自身が殺した男になりかわっているという。果たしてこのエドワーズと名乗る男は一体誰だ…?
本当に彼は、殺人を犯しているのか?無実を信じ、警察の追及を逃れながら、その謎めいた心の奥底の闇を解きあかし、ともに真相をさぐる恋人コンスタンス博士(イングリッド・バーグマン)。
この二人のラブロマンスを中心に、人間の深層心理を描くニューロティック(異常心理)スリラーの秀作「白い恐怖」(1945年)。
ミルクを飲み干したコップの底から人物を見るショット、巨大な手の模型を使った大胆なショットなど、その随所に見られるヒッチコックならではのアイディア溢れる映像マジックも見逃せないが、この映画で特筆すべきは、バーグマンの心が開くさまを、扉が次々と開いていく映像を挿入する事によって表現するキスシーンなど、深層心理の映像表現である。
そして、その深層心理の映像化のきわめつけが、謎をとく鍵となるグレゴリー・ペックの夢のビジュアル。このイメージを担当したのが、シュルレアリズムの画家サルヴァドール・ダリ(ピンとたてた口ヒゲ、あのぐにゃとまがった時計の絵が有名)。それまでの映画における夢のビジュアルイメージを覆すために、ヒッチコック自らが、ダリの前衛的なイメージを求めたというが、この幻想的で不気味なビジュアルが、異様にインパクトありすぎ…。
無数の眼のカーテン、長い影、顔のない男、手から落ちる歪んだ車輪、鋭角的な屋根の急斜面、果たしてそれらは、一体何を意味しているのか?
ヒッチコック関係の資料によると、ダリが提案したビジュアルイメージは、かなりヒッチコックを困らせたらしい。さらには、このダリの夢のシーンは、もっと長く撮影されていたとの事。最終的には、ヒッチコック自身が気に入らなかった部分や、全体のバランスを考えた上でカットされたものがオリジナル版として公開された訳だが、果たしてカットされた映像は残されているのであろうか…?
映画が製作された年代を考えても、かなり難しいとは思うが、奇跡的に倉庫の奥に眠っているものが発見され、削除されたシーンとして映像特典として収録!などという事はないものか…?
※サルヴァドール・ダリといえば、もうひとつ忘れてはいけないのが「ミクロの決死圏」。人間の体内のビジュアルイメージを担当したのもサルヴァドール・ダリ。
日本ビクターより発売された国内DVD盤(ジュエル・トールケース盤DVDともに廃盤)には、モノクロ映画にも関わらず、ラスト近く、画面が(鮮血で)、一瞬真っ赤になった、と語られていた公開当時のバージョンが復元収録されている。これは、国内LD盤ヒッチコックライブラリーのシリーズ解説書でも語られている事だが、もちろんLDはモノクロバージョンのまま。ニューテレシネ・デジタルマスターのDVDの画質も、LDと比べて格段にきれいになっている。
また、この映画から、映画音楽に多用される事となった独特の音色の電子音楽テルミンも印象深く耳に残る。最近ではティム・バートンの「マーズ・アタック」(96年)などでも聞く事ができ、「レッド・ツェッペリン/狂熱のライブ」(76年/国内DVD盤発売中)では、ジミー・ペイジがWHOLE
LOTTA LOVEで演奏している。なお、このテルミンを発明したソ連のレオン・テルミン博士のドキュメンタリー映画もDVD発売中である。 |