何だかもっといやなことが起こりそうな気がするんです…
ピストルをすられた新米刑事村上に覆いかぶさるようにたちこめる大きな雨雲。
後楽園球場の巨人対南海戦。5万人の大観衆の中からたった一人の男を探しだすというこのダイナミズム。
焦燥感におそわれる村上をよそに、盗まれた拳銃で行われてしまう凶行。
犯罪に巻き込まれ、やり場のない怒りに震える被害者家族の絶望感。
呵責にさいなまれ、悩み苦しむ村上のこのリアリズム。
聞き込み捜査から浮かび上がる一人の復員兵。
駅の待合室で顔を知らない犯人を探し出すこのスリリング。
1949年、終戦から4年。混沌とした東京をバックに、警官がピストルを盗まれた実際の事件をヒントに、ドキュメントタッチで描かれる黒澤明初期の傑作「野良犬」…
血気はやる新人刑事村上(三船敏郎)。
若き村上をさりげなくリードするベテラン刑事佐藤(志村喬)。
二人の対比は、後の刑事ドラマなどで定番となるバディ物、師弟関係のルーツともなった。
また、同じ境遇の復員兵でありながら、犯罪に手を染めてしまう遊佐新二郎と、実直で責任感の強い村上刑事との対比も描かれる。
そして、ラジオから流れる情熱的なラテン系音楽「ラ・パロマ」をバックに土砂降りの夕立ちの中、凶弾に倒れる佐藤刑事のシークエンス。のどかなピアノの練習曲「ソナチネ」、遠くに子供達の唄う童謡「蝶々」が流れる中、泥まみれになって行われる村上刑事、執念の逮捕劇。
前々作「酔いどれ天使」(1948年)で試し、その効果に自信を持った“対位法”が繰り返し使われ、見事な効果を上げている。
この“対位法”は後の「生きる」「天国と地獄」等でも使われ、黒澤明監督得意の手法となる。
うだるような暑さの中、おとり捜査で街をさまよい歩く村上刑事。当時の闇市を隠し撮りし、自ら三船敏郎(村上刑事)の代役を演じたのは、本作から5年後に「ゴジラ」(詳細はこちら→)を撮る事となる、監督補佐の本多猪四郎。
後の黒澤作品の大きな特長となる望遠レンズが初めて使用され、また黒澤明と脚本家菊島隆三が初めて手を組んだ作品としても知られている。 |