同年31年のもう一つの怪奇ホラー映画の傑作「フランケンシュタイン」の当初の怪物役は、ドラキュラの大ヒットによりべラ・ルゴシが配役されていた。もともとは舞台劇で「ロミオとジュリエット」のロミオ役を演じた事もある2枚目俳優ルゴシには、素顔をメイクによって隠される、吼えるだけのセリフのない怪物役は耐えられなかったのか、これを拒否。これが、ユニバーサル社長と製作本部長を務めるカール・レムレ父子の逆鱗に触れたのか、その後、べラ・ルゴシはドラキュラ役も降板し、B級ホラー映画ばかりに出演する事となる。べラ・ルゴシの凋落ぶりは、かなり激しいものだったようだ。そして、フランケンシュタインは、あのボリス・カーロフが演じドラキュラと並ぶスターとなった。ちなみに、当時のユニバーサルホラー映画の怪奇スターで、素顔のままなのはべラ・ルゴシ=ドラキュラだけであった。
その後、ユニバーサルのドラキュラシリーズは「魔人ドラキュラ」後、「女ドラキュラ」(36年)DRACULA'S
DAUGHTER/TV放送題:吸血鬼ドラキュラの娘、「夜の悪魔」(43年)SON
OF DRACULA/TV放送題:吸血鬼ドラキュラの息子(ロン・チェイニーの息子がドラキュラ役)、「フランケンシュタインの屋敷」(44年)HOUSE
OF FRANKENSTEIN 、「ドラキュラとせむし女」(45年)HOUSE
OF DRACULA、「凸凹フランケンシュタイン」(48年)BUD
ABBOTT AND LOU COSTELLO MEET FRANKENSTEIN(WOWOWでも放送済み)、と6作製作されたが、べラ・ルゴシが、ユニバーサル映画でドラキュラ役を演じたのは、「魔人ドラキュラ」と、その17年後のコメディ「凸凹フランケンシュタイン」の2作品のみである。ドラキュラ役者と呼ぶには、あまりにも意外であるが、それほど「魔人ドラキュラ」の印象が強かったのであろう。
56年、神経痛の病気治療によるモルヒネと鎮静剤の乱用による心臓発作で死去。ドラキュラのケープとともに葬られた。エド・ウッド監督の「Plan
9 from Outer Space」撮影中のことであった…。
ティム・バートン監督作品「エド・ウッド」(94年)では、このべラ・ルゴシ晩年のエピソードが、史上最低の映画監督と呼ばれたエド・ウッドとの暖かい交流とともに語られている。「魔人ドラキュラ」冒頭のタイトルバックの寂しげな白鳥の湖が、「エド・ウッド」で効果的に使われていたのが印象に残る。また、ヴァンパイア映画の秀作「フライトナイト」(85年)にも明らかにべラ・ルゴシがモデルの人物、ヴァンパイアキラー/ロディ・マクドウォールが登場する。
映画「エド・ウッド」エンディングの言葉…
「べラ・ルゴシは 103本の出演作に 名声を留めている。 現在関連作品の売上は
カーロフをしのぐ」(2002.3.21) |