1959年、アルフレッド・ヒッチコック監督、円熟期の作品。
その後のサスペンス映画に影響を与え続けている、まさに教科書のような作品である。
ジョージ・カプランに間違えられた男、ロジャー・ソーンヒル(ケイリー・グラント)。
彼は自分の無実を証明するため、謎の人物ジョージ・カプランを追う。
ジョージ・カプランの知る"ある情報"とはヒッチコックがいう"マクガフィン"である。
ヒッチコックは"マクガフィン"について語っている。
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男が二人汽車で出会う。「上の棚の荷物は?」
「マクガフィンです」「何をする物ですか」
「スコットランドのライオン狩りの道具です」「でもスコットランドにライオンはいませんよ」
「では、これはマクガフィンではないな」
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これはスコットランドの笑い話だ。
つまり、荷物の中に何が入っていようが、そこにそれほどの意味は無く、"男が二人汽車で出会い、棚に荷物があるというシチュエーション"が重要で、映画における芸術はスタイルであり、手法にこそあるのだという。(※ヒッチコック・アンソロジーより一部抜粋)
ヒッチコック作品で他に有名な"マクガフィン"は「汚名」の"ワインに隠されたもの"。
また、ヒッチコック作品以外では「パルプ・フィクション」の"トランクの中の光るもの"、(特別編ではない)「スター・ウォーズ」と「帝国の逆襲」の"ジャバ"、「M:I:V」の"ラビットフット"、「刑事コロンボ」の"うちのカミさん"なども"マクガフィン"として知られている。
ロジャー・ソーンヒルが持つイニシャル入りのブック・マッチは、ヒッチコックがいう"爆弾理論"である。
唐突に爆弾を爆発させれば恐怖は10秒しかないが、最初に机の下に仕掛けた爆弾を見せておき、5分間爆弾を見せなければ、5分間サスペンスは続く。
サプライズとサスペンスの違い、これが"爆弾理論"である。
ロジャーはイブ・ケンドール(エバ・マリー・セイント)に危険を知らせるためブック・マッチを投げるが、イヴはそれに気づかない。
観客に充分な情報を与えてサスペンスを盛り上げる、サスペンス映画の最も古典的な手法のひとつである。
イブ・ケンドールの拳銃は"レッドヘリング"である。
「レッドへリング」とは奇術や手品などのショービジネス用語で、観客の興味を他の方にそらせてしまう情報や物。誤った方向に観客を導くミスディレクション、ミスリードとも似ているが、真実がわかった時に観客の驚きが増すという手法だ。
キツネ狩りの猟犬を訓練する際、猟犬を燻製ニシンでキツネがいる方向とは別の方向に誘う事からきている。
ヒッチコック映画で最も有名な"レッドヘリング"は「サイコ」であろう。
「シックスセンス」、「スティング」、「テキサスの五人の仲間」(国内LD・DVD未発売)、「生きていた男」(国内LD・DVD未発売)、「情婦」「悪魔のような女」「殺しのドレス」「薔薇の素顔」「ユージュアル・サスペクツ」「猿の惑星」などラストに真相が明らかになるいわゆるどんでん返し物でもある。
"やられたな"と思うが、騙されたのに何故かうれしい気分になるのがこの手の映画の醍醐味である。
名作と呼ばれる映画には必ず忘れられない名シーンがある。
本作の場合は、やはり、そのほぼすべてのジャケットが飾られている事からもわかるように"コーンフィールド・チェイス"と呼ばれる"トウモロコシ畑での静かなる白昼の襲撃"シーンであろう(このシーンには音楽が一切使われていない)。
※「007/ロシアより愛をこめて」のヘリコプター襲撃シーンにも引用されている。
ジャケット画像のそのどれもが微妙にアングル違うというのも面白い。
巻き込まれサスペンス映画といえばヒッチコックお得意のジャンルだが、この路線を踏襲した同じくケイリー・グラント主演、スタンリー・ドーネン監督の「シャレード」も印象深い。
葬儀場に次々と現れる3人の男の謎めいた行動、なにげない場所に隠した遺産に気がつく件などは、まさにヒッチコックばりの演出であった。
ラストのオチも実に粋。
同じくヒッチコック路線では「アラベスク」(国内LD未発売)、ポール・ニューマン主演「逆転」、ロマン・ポランスキー監督「フランティック」なども印象に残る。
シャレードジャケットはこちら
何度も見返して、各場面に散りばめられている伏線を探すのも、映画を私物化できるソフトコレクションの楽しみ方のひとつだ。 |